Vol.13
Tea communicator apron
茶葉専門店店主
長谷川 愛さん
普段着に適した、普遍的なワークウェアーを作り、シーズンによってほぼ変えることなくコレクションを制作してきた Handwerker。毎回、魅力を感じる仕事をしている方に着ていただき、撮影を行ってきました。
「せっかくいろいろな職人の方に着ていただくなら、1アイテムだけでも、その職業のためだけのアイテムをデザインしよう」と、2018AW から、ひとつの職業の方とともに、作業するための服をつくる “Handwerker laboratory” シリーズをスタートしました。
長谷川さんが東京の蔵前エリアで営む「norm tea house」は、古い民家を改装した茶葉専門店。旅行で訪れたポートランドで、テイスティングをしながらカジュアルな雰囲気でワインが買えるショップに惹かれ、「こんなふうにお茶が買える店が作りたい」と始めた店です。住宅街の一角にあり、地元の人を中心に、国籍や年齢を問わず、いつもさまざまな人たちがお茶を楽しんでいます。
----------お茶に熱中するまでの経緯を教えてください。
お茶は小さいころから好きで、食後に母がいれてくれたり、おやつの時間に出てきたりして、日常の中にずっとありましたが、嗜好品として意識したことはなくて。
学生時代にワーキングホリデーで1年ちょっとオーストラリアに行ったことと、名古屋のコーヒーショップでバリスタのアルバイトをしたのがきっかけになって、はまっていきました。
オーストラリアで人生を楽しんでいる人にたくさん出会ったのですが、みんな嗜好品の中で好きなものがあって、それについてきちんと知識があって。
集まると、コーヒーやワインの話を自然としてる。それでコーヒーに興味を持って、日本に帰ってきてから2年半、コーヒーショップでバリスタのアルバイトをしていました。
けっこう厳しいお店で、コーヒー豆の産地や品種、製法など、コーヒーにまつわるいろんなことを勉強しました。
飲み物としてはそこまで好きにはならなかったけど、“味を取る”みたいな行為があって、それがすごく好きで。
最初は、どれを飲んでも「コーヒーの味」ということしかわからなくて。でも、経験を重ねていくとだんだん「これはさくらんぼみたいな果実感がある」「これはプラムみたいな酸味がある」と、違いがわかるようになったんです。
経験を踏まえてフルーツやスパイスの中から味を見つけて、言語化するのが楽しかった。それが産地につながっていて、ワインと一緒で「ちょっと塩分感じるから、ミネラル豊富な土壌からきてる。
だからこういう味が出るんだな」とか、そういうつながりがわかると、さらにおもしろくて。
「そういえば同じ嗜好品だ」と思って、途中からお茶の勉強も始めました。
産地と距離のあるコーヒーに比べて、お茶は全部見られるんですよ。
産地に行けるし、土も見られるし、生産者の方の話が聞ける。コーヒーは本やネットで情報を拾って、想像していただけだったのが、リアルに見られるから、すぐ「ああ、お茶楽しい!」ってなって。
最初は仕事にしたいと思っていないので、ただ畑行って、楽しいなっていうだけですけどね。
----------そこから、どのように仕事になっていったのですか。
毎年、全国のお茶を集めて賞を決める品評会があるのですが、興味を持ち始めてすぐ、何もわからないけどひとまず参加してみました。
関係者のふりをして懇親会にも出席したりして。そこで仲良くなった生産者の方の畑から巡って行きました。
もともと考えたり、ちゃんとプランを立てたりするのが苦手で、「やりたい」と思った瞬間に、もうやってるっていう感じ(笑)。
とりあえず動いてみるんです。
たくさんの畑に行った中で一番はまったのは、宮崎の五ヶ瀬の有機農家の方で、土の硬さや葉っぱの勢いが場所によって違う理由など、気になることを聞いたら、どれもちゃんと説明が返ってきました。
そんなの初めてだったし、話もすごく盛り上がって。
コロナ前までは収穫期に住み込ませてもらって収穫のお手伝いをしていて、今年も行くつもりです。
その人に「たぶんここも好きだよ」と教えてもらって、おもしろい生産者の方やおいしいと思えるお茶に出会って、ワーッとのめり込んでいきました。
そのころ、毎週土日に東京・青山の国連大学前で開かれている「ファーマーズマーケット」によく行っていました。
「ファーマーズマーケット」のチームがおもしろくて、彼らと仕事がしたかったから、「何でもやります」と言って、名古屋から毎週、夜行バスで東京に行って。
あまりにも毎週来るから仕事をくれるようになって、少し給料をもらえたので、友達と家まで借りました。
「ファーマーズマーケット」が運営するコーヒーやワインのイベントの手伝いもしていたので「お茶もやりましょう」と提案して、2017年から始まったのが、お茶のイベント「Tea for peace」。
「ファーマーズマーケット」の認知度の高さもあって、声をかけたら40〜50組が集まりました。
お茶が仕事になるかもと思って、屋号をつけておこうと「norm」とつけました。
当時はお茶屋さんになると決めていたわけではなかったので、活動や選んだお茶につけた名前です。
茶畑の霧がすごく深いときが好きだったので、その「濃霧」と、音もよくて。「norm」の活動は、飲食店で働いている友達から「お茶を買いたいから、紹介してほしい」と言われて、でも少量を買うのはむずかしいので、私がまとめて買ったものをわけるところから始まりました。
全員ではありませんが、今、お付き合いしている農家さんとはそのころからのお付き合いです。
----------なぜお店を始めようと思ったのですか。
いつかお店をというのは頭にあったけれど、おばあちゃんになったらと考えていました。
場所を持つと動けなくなるから、それがすごく嫌で。でもコロナでイベントができないのと出産が重なって、「どうせ動けないなら、今やろう」と思って、2021年11月にオープンしました。
地元の人の憩いの場になればと思ったので、ちょっと駅から離れている場所で、できれば一軒家がいいなと思って探しましたが、来るたびにまわりの人が声かけてくれて、下町感もあっていいなと思いました。
お店をやることを決めたのが上の子が0歳のときで、物件を探して借りて、お店ができたときに下の子を妊娠しているのがわかって。
助けを借りながら何とか運営することになったけど、大変だとは思いませんでした。
子育てより仕事が向いていると思っていたのと、何より楽しいから。
離れる時間があることで、子どもとの時間をより大切にできるようにもなりました。
それまでは「イベントの運営やお茶を紹介する人」だったのが、お店を始めたことで生産者の方々に「この人はお茶で食べていく気なんだ」っていう姿勢を見せられたのは大きかったです。
「本当にやる気なんだ」っていうのが伝わるようで、オープンしてから真剣に取り合ってくれるようになった方もいます。
お金のことも、お店を始めてやっとちゃんと考えられるようになりました。
以前はリスクも少なかったので、やりたいことを次から次へとやるだけで形にならなかった。
今はリスクも責任もついてくるから、現実的にこれをやるならこうしなきゃいけない、じゃこういうプロダクト作ってこういう売り方しなきゃっていうのをしっかり考えなくてはいけない。
私はいつも動きが軽いから、重さが加わってちょうどよかったと思います。
----------お店ではどんなお茶を出しているのですか。
いろんなお茶を飲み始めて思ったのが、一般的なお茶屋さんだとほぼブレンドされているので、そのお茶がおいしいと思っても、結局、そのお茶の何をおいしいと思ったかがわからないこと。
このメーカーのこのお茶が好きだと思ったら、そのお茶を買い続ければいいけど、なぜそれがおいしいと思ってたかはわからない。
だから、お茶を学びたいと思ってる人にとってはあまりおもしろくないと感じましたワインやコーヒーは、そこを勉強できるからはまる人が多いし、生産者の方のやりがいにもつながりますが、そこが欠如してるなと思いました。
理由がわかってくるとおもしろいんですよ。
品種の違いもおもしろいけど、同じ品種でも違いがあって。
何でこっちはちょっと塩っぽいんだろうと思って、生産者の方に聞くと、「こういう肥料を多めに入れている」とか「竹やぶがとなりにあって、日光が直接差し込まないからうまみが乗るんだ」とか教えてもらったりして。
だから、私はできるだけブレンドをせずに「これは、どこの何年のこの品種のお茶です」という出し方をしたいと思って始めました。
メニューは、基本はストレートティー、ティーラテ、ティーソーダ(春夏のみ)。
選ぶ楽しさを提供したかったので、ストレートティーは8種類の茶葉から選んでいただけます。
季節によってラインナップを変えていて、暑い時期はさっぱりしたもの、逆に寒い時期はどっしりめのものがメイン。
選ぶのが楽しいっていう方と、かなり悩む方がいますね。
茶葉はすべて私が現地に足を運んで仕入れたもので、購入できる茶葉は入れ替えをしながら、常時12種類ほどを取り揃えています。
2〜3年前から価値観が変わって、1カ月前に「FOREST」と「AMBER」というブレンドティーを作りました。
お茶を通じて何をやりたいかを考えたとき、「私は多くの人にお茶の時間を楽しんでほしいんだ」と思って。
シングルオリジン(同じ農園で作られた単一品種の茶葉)で違いを楽しむ人もいるけれど、ブレンドティーをきっかけにお茶を楽しいと感じてもらえる可能性が広がるなら、やったほうがいいなと。
シングルのお茶自体のおいしさをわかっているから、私がブレンドをすることでその価値が増幅しない、もしくは下がるなら意味がない。
特に「AMBER」は試行錯誤しながら作りました。
----------おいしいお茶のいれ方はありますか。
茶葉によって変わるのですが、茶器をあたためることと、茶葉を測ることが大事。同じ3グラムでも、茶葉によってまったく違うんですよ。
だからスプーンで測るのは不可能で、はかりで測っていれたほうがおいしい。
あと、いれた後に袋を開けたままや、空気に触れる状態で置いておくと傷むし、香りも飛ぶので、ちゃんと密封して保存するのも重要です。
いれ方に関してはあまりこむずかしいことを言わないようにしていて。
お茶を好きになると、いれ方や茶器には自然と関心が向くんです。
入口でそれを言ってしまうと「むずかしそう」ってなる人が多いし、「これなら家でもできそう」って思ってもらえるように、茶器もあえて簡単なやり方をしています。
お茶の道具は買ったのもありますが、家にあったものや祖母から受け継いだものがほとんどです。
見立てで使うことが多くて、茶盤もお皿をひっくり返して使っています。
茶則も木の皮だったり、スプーンを置くのに拾った石を使ったり。
----------ふだんはどんな服を着ていますか。
仕事もプライベートも一緒で、気兼ねなく洗える、リネンやコットンなどの自然素材が好きです。 色は白。 白だと汚れても漂白したり、染めたりして何とかなるから。 あと子どもによく鼻水をつけられるのですが、紺や黒の方が目立つんですよ(笑)。 動きやすさ重視でTシャツとパンツが多くて、タイトなシルエットのものは着ません。 服は好きなのですが、お金が貯まるとすぐに旅行に使ってしまうので、お洋服にはそこまでお金をかけていないですね。
----------今回、一緒につくったワンピースはいかがでしたか。
まず、あんまりナチュラルな印象になりすぎないところがよかったです。
店ではお客さんに新しいことを伝えなきゃいけないと考えていて、ピシッとしていたいという気持ちがあるんです。
洋服は、それを叶えるのに一番簡単な、誰にでもできる手段だと思います。
ちょっとだけ光沢感がある生地で上品なのに、まるで着ていないみたいに動きやすいところも好き。
しゃがんだり、段ボールを組み立てたりすることが多いのですが、開きが大きくて足さばきがいいから、作業しやすいです。
割烹着をイメージして作られているけど、前後を逆にして着られるから、羽織ることができるのもいいですね。
ポケットが大きくて、作業中にカッターやはさみなど、いろんなものを入れられるのもうれしいです。
----------仕事で喜びを感じるのはどんなときですか。
人とお茶の出会いに立ち会えることが喜びです。 お茶って人生の友になれると思うのですが、その気づきを目の前でされるお客様がたまにいて。 うちでお茶を飲んで「家でもお茶の時間を持つようになりました」とか、つかれているかたが「救われました」って言ってくださったり。 そこまで大袈裟なことじゃなくても、好きだと思えるお茶に出会える瞬間、それを目の前で見て、立ち会えるときはうれしいですね。 それを生産者の方に伝えることも、私の役割だと思っています。
----------これからやってみたいことはありますか。
今年は1カ月、畑に行きますが、理想は毎年、子どもが小学校の夏休みの期間に畑に行ってお茶を作りたいです。
あと今、卸でオーストラリアにお茶を送っているのですが、いずれは法人として立ち上げて、日本と同じように場所を持ちたいなと思っていて。
オーストラリアは場所としても好きだし、水が日本とほぼ変わらないので、日本でおいしいと思ったものは向こうでもおいしいんですよ。
子どもとたまに遊びで野点(屋外で抹茶をたてて楽しむこと)をやっているのですが、外国の人にもすごく喜んでもらえるし、この時間のよさを共有したいから、店の2階を茶室にして、たくさんの人たちと楽しめたらと思っています。
長谷川 愛(はせがわ あい)
学生時代にお茶が好きになり、2017年からお茶の生産者を集めたイベント「Tea for Peace」のディレクターを務めるかたわら、
お茶のブランド「norm」を始動。2021年11月に「norm tea house」をオープン。
https://normtea.myshopify.com/
(2024年5月 取材)