Handwerker - ハンドベーカー

Handwerker
  • Photographer
    ...HIROMICHI UCHIDA (THE VOICE MANAGEMENT)
    Model
    ...AKIKO SAKATA
    Editor/Writer
    ...AYAKO MASUDA

Vol.03
Cook shirt

料理家
坂田 阿希子さん



普段着に適した、普遍的なワークウェアーを作り、シーズンによってほぼ変えることなくコレクションを制作してきたHandwerker。毎回、魅力を感じる仕事をしている方に着ていただき、撮影を行ってきました。
「せっかくいろいろな職人の方に着ていただくなら、1アイテムだけでも、その職業のためだけのアイテムをデザインしよう」と、2018AW から、ひとつの職業の方とともに、作業するための服を作るシリーズをスタートしました。

坂田阿希子さんは、21年前から料理教室を主宰するほか、雑誌や書籍、テレビの料理番組など、幅広く活躍する料理家。幼少のころから食べることや、料理やお菓子づくりが大好きで、料理家のアシスタントを経て、フランス菓子専門のパティスリーやフレンチレストランで経験を積み、独立。豊富な専門知識と創造的なおいしさを取り入れた家庭料理が、多くの人々の支持を得ています。
撮影のための買い出しやレシピ制作、故郷の純喫茶の味を再現した定番のたまごサンドづくりなど、3歳の愛猫・ビスコと暮らす坂田さんの普段の1日を追いながら、料理やお菓子づくりのこと、最近変化してきた服選びなどのお話をうかがいました。







----------料理の道に入ったきっかけを教えてください。

子どもの頃から好きだった料理本を作りたくて、大学卒業後は料理雑誌を発行する出版社に就職しました。仕事はおもしろかったけれど、「自分のペースでやれる仕事のほうが向いているかも」と2年で辞めて、料理家のアシスタントになったんです。その後、フランス菓子専門のパティスリーとフレンチレストランでお菓子づくりと料理を学びました。パティスリーは朝が早くて夜が遅く、ハードでしたが、楽しかった。パティシエとして入ったフレンチレストランは会員制だったのですが、シェフの感性がおもしろいし、お客様も特別な方が多くて、料理も作ったし、ほかにもいろいろなことをやらせてもらって勉強になりました。30歳で独立してから、仕事が回るまでにはすごく時間がかかりましたが、「自分には料理の仕事しかない」と信じて、ひたすら目の前のことに取り組みました。

----------料理やレシピはどのように考えているのですか?

料理のアイデアは、旅をした時、特に外国に行って新しい料理を食べると生まれることもありますが、料理のシーンが出てくる洋画や海外ドラマ、小説がヒントになることも多いです。「おいしそう!」と思ったら、忘れないうちに料理名や材料などを簡単にメモしておきます。
レシピは、テーマをいただいたら、料理教室でこれまで作ってきたメニューや普段のメモを見返します。海外の料理なら、古い料理本で歴史や背景、レシピの構成などを確認することもありますね。そうして頭の中でイメージをふくらませながら味を想像すると、「ここでゆで汁を加えてみよう」とか「オレンジを絞ったらおいしそう」というのが浮かんできます。あとはバスに乗っている時や病院の待ち時間に新たなレシピが浮かぶこともあって、メモしておくのですが、帰ってから分量もあわせてパソコンで打ち直していると、ああしよう、こうしようとアイデアが出てきます。それが最初のレシピで、雑誌や書籍の場合は、撮影当日、買ってきた素材を見て、作って味を確認しながら、その場で調味料を増やしたり、減らしたり。お菓子は何度も試作して微調整するのですが、料理は「試作が一番おいしかった!」ということがあるので、くり返し試作することはあまりないんです。



----------料理とお菓子づくりでは、レシピの作り方や考え方も違いますか?

人格が変わるぐらい違います(笑)。お菓子の場合は、長い歴史の中で、絶対的に守られてきた配合があります。私が作ってきたフランス菓子は、その配合を厳密に守らないと失敗するし、分量を計らずにアバウトに作ったら、たとえ形にはなったとしてもおいしくない。絶対においしい“点”のところに近づけるためには、基本的なルセット(フランス語でレシピのこと)は必ず守ること。そこに、もっとしっとりさせたいからルセットより卵黄を1個増やしてみよう、もう少し甘くしたいから少し砂糖を増やそうなど、どんなバランスにしたいかで変えてみる。お菓子はちょっとしたことで仕上がりが変わってくるし、繊細なので、人格がすごく細かくなるんです。料理は「トマトを入れたらおいしくなった」「最後にお酢を入れて少し酸味を飛ばしてみよう」と、まるでライブで演奏がその日ごとに変わるみたいに、変えたことでいいものができることもある。家に人が来た時にワーッと作って、あとで「何を入れたっけ?」と思い出せないこともあるのですが、お菓子は絶対にそんなことはない。だから、料理とお菓子は同じ日に撮影することはできないんです。
基本的に、料理は人と話しながらワイワイ楽しく作るとおいしいものができると思っているのですが、お菓子づくりはひとりで黙々とやりたい。もともとは大ざっぱな性格ですが、お菓子づくりになると細かいです。この業界では、料理の人とお菓子の人、どちらかにわかれる傾向がありますが、私はどちらも性格に合っていて、両方やることでバランスをとっているような気がします。

----------仕事をする上で大事にしていることを教えてください。

料理も、洋食やフランス料理など、厳密に時間や手をかけることでおいしさが生まれるものもあって。仕事ではいろいろな企画があるので、もちろんそれに沿ってシンプルな料理も作りますが、私は、“普通の素材をどう料理してここまでの味に近づけるか”を考えるのが好きで、そこに料理をすることの意味を感じています。何でもない素材を1時間かけて炒めた後、また1時間かけて煮て、冷やして、油をとって、さらに1日寝かせて……。そうして到達する味は、人間の手でしか作り上げられないもの。私にとって、それこそが“料理をすること”だし、自分にとっての“料理”だと思っています。そう考えると、お菓子づくりとも通ずるものがありますね。 昔、家族で3日に1回ぐらい行っていた洋食屋さんがあるのですが、デミグラスソースも、マカロニサラダのマヨネーズも手作りで、すでに閉店してしまいましたが、自分の料理の味のルーツといえるぐらい、そこの味が大好きで。父と母が婚約中から行っていた思い出のお店で、父がそこの味が好きだったので、母がよく真似をして作ってくれました。お店と同じように時間や手をかけて作ってくれた料理は、すごくおいしかった。そうすることでしか到達できないおいしさが、私の目指す料理のおいしさ。いろいろな形があっていいと思いますが、私はそういうことを伝えたいし、そういうものを作っていきたい。料理家ですが、お店で働いた経験があるからか、“職人”として料理を提供したいという気持ちでいます。







----------服を選ぶ上で大事にしていることは何ですか?

似合うか似合わないかもありますが、体の線がきれいに見えるかどうかが大事。服だけを見ていいなと思っても、着てみるとまた印象が変わるので、試着は必ずします。
以前はデザインされている服が好きでしたが、年を重ねてだんだん嗜好が変わってきて、今はシンプルだけどきれいなもの、素材がいいものが好きになりました。仕事の時はカジュアルな格好が多いですが、休日に食事に行く時などはフェミニンな服も着ています。
「ASEEDONCLOUD」の服には、4年前に偶然出会いました。まず手にとったのは、一見トレンチっぽいのにノーカラーの、ピンク色のコート。試着してみたらすごくきれいだったのと、ちょっとしたところが気が利いているのがいいなと思いました。ほかにもサスペンダーつきのストライプのキュロットとカットソーも選んで、3点まとめ買い(笑)。とても洗練されている印象を受けたので、海外のブランドかなと思ってお店の方に伺ったら、日本のブランドで、しかもデザイナーが男性だと聞いて驚いて。どれも気に入って、クタクタになるほど着ました。





----------今回、一緒に作ったシャツは、Handwerker定番のシャツをベースに、女性らしく前立てやカフスを曲線にしてほどよく丸みを出したものですが、着用されてみていかがでしたか。

ふだん料理をする時は、Tシャツにエプロン。機能や快適さ、エプロンとの相性を考えると、それが私のベストな仕事着です。でも、取材でメディアに出る時のためにもう少しかっちりしたものがほしくて。イメージは洋食屋のコックコートなのですが、料理をしていると暑くなるので、もっと薄手で、伸縮性のあるストレッチ入りの素材を選んでいただきました。パリッとしすぎないから着心地もよくて、動きやすいし、エプロンとの相性もぴったり。まめに洗濯するので、乾きが早いのもうれしい。あと首まわりに布が当たると窮屈に感じるので、襟が高いシャツはあまり着ないのですが、この高さなら気にならないし、襟の間を少し空けていただいたので、いい感じです。
実は秋に洋食屋をオープンするのですが、制服もやっぱり白がいいなと思っています。昔なつかしい、洋食屋や純喫茶のメニューが大好きなので、今日も作った、焼き立てのオムレツをはさむたまごサンドやカニクリームコロッケなどを出す予定。こういうメニューは、奇をてらっていないのに、年齢を問わずみんなに喜んでもらえるし、食べると何だかウキウキした気持ちになりますよね。洋食は母が作ってくれて小さいころからずっと食べてきたなじみの味だし、自分らしい料理だと思っています。

坂田 阿希子(さかた あきこ)
料理家。新潟県生まれ。料理教室「studio SPOON」を主宰。著書に「料理教室の人気レシピをまとめた「SPOON 坂田阿希子の料理教室」(グラフィック社刊)、「坂田阿希子の肉料理」(文化出版局刊)、「サンドイッチ教本」(東京書籍刊)ほか多数。近著に「トマト・ブック」(東京書籍刊)。この秋に代官山にて洋食屋をオープン予定。

(2019.6.6 取材)