Handwerker - ハンドベーカー

Handwerker
  • Photographer
    ...HIROMICHI UCHIDA (THE VOICE MANAGEMENT)
    Model
    ...KAZUTO YOSHIKAWA
    Editor/Writer
    ...AYAKO MASUDA

Vol.05
Woodworker's Blouson

木工作家
吉川 和人さん



普段着に適した、普遍的なワークウェアーを作り、シーズンによってほぼ変えることなくコレクションを制作してきたHandwerker。毎回、魅力を感じる仕事をしている方に着ていただき、撮影を行ってきました。
「せっかくいろいろな職人の方に着ていただくなら、1アイテムだけでも、その職業のためだけのアイテムをデザインしよう」と、2018AW から、ひとつの職業の方とともに、作業するための服を作るシリーズをスタートしました。

木が本来持つ、模様や割れやふし、ゆがみなどをいかした家具や小物が人気を集める吉川和人さんは、木工作家として活動し始めて6年。自宅からほど近い、老舗材木店の一角にある工房で、朝から晩まで作業をしています。自然にあふれた土地で育ち、子どものころからものづくりが好きでしたが、大学卒業後は外資系の家具メーカーに就職し、営業職や企画職を担当。職人と接するうちに、次第に自分でも作りたいという思いが強くなっていったといいます。

今回は吉川さんの工房を訪ねて、実際に手を動かしていただきながら、「原点」と語る幼少時代のこと、木やものづくりへの思い、ふだん着ている服などについて、お話をうかがいました。





----------木工作家を目指したきっかけを教えてください。

福島県の田舎で生まれ育ったのですが、家のすぐ裏が森で、毎日のように木登りをしたり、拾った枝で工作したりして過ごしていました。2階にあった自分の部屋の窓際まで伸びたクルミの木の枝を削って、母の日にさじを作ってプレゼントしたこともありましたね。そのころの経験が私の原点だと思います。ものを作ることにずっと憧れはありましたが、専門的な技術もないので、大学卒業後はデザインやものづくりの周辺で生きていこうと、カッシーナ・イクスシーというイタリア系の家具メーカーに入りました。営業職や企画職を担当していたのですが、デザイナーが手がける家具や現場の職人たちと接するうちに、思いがどんどん募っていって。そんなとき東日本大地震が起こって、人生について改めて考えて「やりたいことをやろう」と、12年勤めた会社を辞めました。

木工の道を目指すと決めたとき、うまくいく可能性は10%以下だと思っていたし、家族や友人など、まわりの人に伝えたら、ほとんどが反対だった(笑)。木工の専門学校に行き始めたときも「仕事として成り立つ可能性は低いだろうな」と考えていました。でも、不思議と辞めるという選択は頭に浮かばなかった。これまで見てきた家具の数、会社員時代に培った物販業界や流通に関する知識が強みになると思ったのもあります。でも、まわりにいる個人で仕事をしている人と話していても感じるのですが、結局、「うまくいく」と信じられる人が残るのかなと思います。

専門学校在学中から小物を作っていて、卒業した年の秋に個展を開きました。一見順調でしたが、収入は安定しなくて、月の収入が10万円に満たないことも。でも会社員時代とは違って、自分の手で、自分が好きなものを自由に作ることができる喜びと、100%自分の責任で世に出せるすがすがしさがありました。自分の意志でしかできていないので、お客様から質問を受けても、すべて自分で説明することができます。



----------木のどんなところに惹かれていますか。

木は生き物なので、手ざわりや香り、ふしやゆがみなど、ひとつひとつ表情が違うところが好きです。考えても限界があるので、木という素材に敬意を表して、デザインしすぎるより素材そのものをいかすことを大切にしたい。自然にはかなわない、という気持ちです。お客様の中でも、ここ数年、形や質感のばらつきをおもしろがってくださる方が増えたのを感じています。木は年月とともに変わっていきますが、その変化を美しく感じられるものを作るのが理想。使ううちに味わいが増すものを作りたいと思っています。

生木は、丸太から木地(荒挽き・荒削りした材料)にして、器に仕上げるまでに、数回の乾燥を含めると1年ほどかかります。あらゆる木地からイメージに合うものを選んで型取りを行い、切り出したら、ナイフやカンナ、紙ヤスリで削りながら形を整えていきます。仕上げは必ず手で行うことで、使う人の手にもなじむものになると思っています。



----------仕事で大変なのはどんなところですか。

旋盤(回転する台に材料をとりつけ、削る機械)の作業をするときは、8時間ぐらい立ちっぱなしのときもあります。学生のころ、アルバイトで、キッチンで働いたことがあるのですが、そのときに元板前の先輩に教えてもらった立ち方と似ていて、足を肩幅ぐらいに開いて、対象物に対して体を斜めに傾けます。無理に体をねじった状態で作業を続けると、体に負担がかかってしまうんですよね。以前は仕事が立て込んでくると体が動かなくなるまで作業していたのですが、腰を傷めて立てなくなってしまったことがあって。それ以来、定期的に教えてもらったストレッチをして、体を調整するようにしています。

----------仕事をするときはどんな服を着ていますか。

服にはあまり興味がなくて、ふだんからいつもあり合わせのものを着ているし、破れてもあまり気にしません(笑)。若いときは見た目を気にして服を買ったこともあったし、会社勤めのときはスーツを着ていましたが、いまはほぼ毎日、朝から夜遅くまで工房で作業をしているので、こだわりもまったくなくて。靴だけは、5〜6種類を試した結果、丈夫で足がつかれにくいメレルというアウトドアメーカーのシューズに決めていますが、服は着古した普段着です。ワークショップなどで人前に出るときは襟つきのシャツを着ますが、作業中は軽く、動きやすくて、汚れても気にならないものがよくて、夏はTシャツ、冬はスウェットや薄手のダウン。作業をしていると木くずがたくさんつくし、ズボラなので手についた油を服でふくこともあって、洗ってもとれない。機械に引っかけたり、表面がガサガサした木材を抱えたりして、破れることもあるので、作業中に着る服は消耗品になってしまって。それなら丈夫なものがいいかと思うと、丈夫すぎるとかえって動きづらいんですよね。ずっと「作業に向いている服がほしい」と思っていたので、今回はうれしかったです。







----------今回のブルゾンは、どんなものにしたいと思いましたか。

まずお願いしたのは、動きやすいこと。木を削るときに前かがみになって手を動かしたり、作業中に腕を上に伸ばすことが多いので、背中や脇がつっぱらないように、腕の可動域を広くしてもらいました。次に、どうしても首元や袖口から木くずが入るので、すき間がないように。首元は立ち襟で、袖口もふたつのボタンを閉めると手首にフィットします。袖口が旋盤作業による摩擦で切れてしまうこともあるので、フィットすることは大事です。最後は、道具がポケットに入れられて、出し入れしやすいように。いくつかの機械を使って作業するのですが、ふだん着ている服にはポケットがないことが多くて、使った後にその辺に置いてしまったり、何度も移動したりするうちになくすことも多かったので、身につけられたらいいなと思ったんです。よく使う15cm定規と鉛筆は胸ポケットに入れられるのですが、二重構造になっていて、手前の斜めの口のポケットには使って短くなった鉛筆を入れることができます。ノギス(測定器)や直角定規は腰のポケットに。以前はベルトに下げる工具ホルダーを使ったこともありましたが、立ったり座ったりが多くて邪魔なので、ポケットに入るのはいいですね。 実際に着てみたら、生地が薄手だから軽いし、着丈が短めなので立ったり座ったりもスムーズ。体が守られつつ、すっきり着られていい感じです。



----------これから先はどんなことをしていきたいですか。

2018年から、「トヨタ三重宮川山林 フォレストチャレンジ」というプロジェクトに参加していて、三重に新たな拠点を持ちました。奥伊勢にトヨタ自動車が地域や社会の基盤である自然を活用しながら保全することを目的として所有している森があるのですが、ふだん木材は材木屋さんから仕入れることが多く、山に入って生き物としての木を感じられることはなかなかないので、貴重な機会です。またいままで作家活動とは別に、「木を身近に感じてほしい」という気持ちでワークショップを続けてきましたが、木工でより社会貢献をしたいという思いが大きくなったこともあります。いまは教育活動と商品開発の二本立てで活動していて、教育活動はまちなかにある学校で木工の授業を行なっています。商品開発は森の資源を使っていろいろな商品を開発しているのですが、今後はこれらを販売し、またトヨタの森の木を買って……と循環させていく予定です。
制作する上では、これまでもテーブルやショーケースの部材に真鍮やガラスを用いてきましたが、木とほかの金属や陶器などの異素材を組み合わせて、表現の幅を広げていけたらと思っています。家具や小物にとどまらず、空間の内装もできたらおもしろいですね。
私には師匠もいませんし、自分で試行錯誤しながら、どんどん新しいことを広げていかないとと思っています。工業的に作られた人工の材料ならコントロールがききますし、メーカーに聞けば扱い方を教えてもらえますが、木は材質や育った環境によってそれぞれ異なるし、どんなクセがあるか木に聞いたってわからない。さわりながら感じとって、手を動かしながら考え、技術を磨いて、経験を積んでいくしかありません。木との出会いも人との出会いも様々な偶然で成り立っていますが、彼らとの対話そのものが生き方であり、仕事であると思っています。

吉川 和人(よしかわ かずと)
木工作家。福島県生まれ。慶應義塾大学を卒業後、12年間、カッシーナ・イクスシーで営業や企画の仕事に携わる。2012年に退職後、岐阜県立森林文化アカデミーで2年間、木工技術の基礎と日本の森林文化を学ぶ。2014年に独立し、東京で制作・活動しながら、2019年からは三重にも拠点を持つ。
https://www.kazutoyoshikawa.com

(2020.6.13 取材)