Vol.06
Herbalist Coat
セラピスト・フレグランスコーディネーター
山野辺喜子さん
普段着に適した、普遍的なワークウェアーを作り、シーズンによってほぼ変えることなくコレクションを制作してきたHandwerker。毎回、魅力を感じる仕事をしている方に着ていただき、撮影を行ってきました。
「せっかくいろいろな職人の方に着ていただくなら、1アイテムだけでも、その職業のためだけのアイテムをデザインしよう」と、2018AWから、ひとつの職業の方とともに、作業するための服を作るシリーズをスタートしました。
セラピスト・フレグランスコーディネーターの山野辺喜子さんは、「fragrance yes」という名前で、植物療法をベースにさまざまな活動を展開しています。
今回、訪ねた東京・赤坂の「yes エルブメディシナル」は、ヨーロッパに古くからある“街のハーブ薬局”をイメージした空間。入った瞬間にアロマの香りに包まれて、こわばっていた体と心がほぐれていくのを感じます。蒸留や調香などの作業をしていただきながら、この仕事についたきっかけや思い、服のことなどを伺いました。
----------セラピスト、フレグランスコーディネーターになったきっかけを教えてください。
福島県で生まれ育ったのですが、海側だったので、子どものころはよく海で遊んでいました。今は植物に興味があって山に行く機会が増えましたが、当時、山には探検ごっこをしに行くことが多くて(笑)、植物は身近な存在ではありませんでした。18歳で上京して専門学校に入って、卒業してしばらくは派遣社員として出版社の受付やデータ入力の仕事をしていました。
小さいころからアレルギー体質で、アトピーもひどかったのでステロイドを使い続けていたのですが、20代前半のころにのちに師匠となる整体の先生に出会って、「本当に治したいなら、食事療法や体質改善をしてみたら」と言われて、やめようと決めました。でもやめたら、肌の状態がどんどん悪くなってしまって。食べるものを変えたり、断食したりもしたけれどよくならないし、いいと言われている化粧品も合わない。肌が荒れているときは何を使ってもヒリヒリしてしまうので、自分なりに調べて、抗炎症作用があるといわれているカモミールを煮出して手をひたしてみたり。そんな中、ホホバオイルやミツロウなど、天然成分のみで保湿クリームを作ってみたんです。口に入っても大丈夫な素材で作った、傷ややけどにも使えるクリームで、それを塗っていたら少しずつ肌が落ち着いてきて、何とかひどい状態を抜け出すことができました。2004年からは学校に通って本格的にアロマやハーブを学び始めたのですが、結局、ステロイドを抜くのに5年ほどかかりました。体がどんどんよくなっていってうれしかったのですが、苦労もしたので、この経験が同じように苦しんでいる方の役に立てばという気持ちと、安心して使える化粧品がないなら自分で作るしかない!という思いが、「fragrance yes」を立ち上げるきっかけにつながりました。
アトピーがひどい状態になると、よくなることをイメージできなくなるのですが、そこを信じることが大事だと思います。自分の体に出てくるものは、自分が原因を作っているかもしれない。出るときは体からのメッセージで、私も今もバランスを崩すと出てきますが、「出てくれてありがとう」と思っていて。暴飲暴食を控えたり、睡眠をしっかりとることを意識すると、体はちゃんと循環するし、変わってきます。ステロイドを塗れば早くよくなりますが、使わないと決めているので、使うのは自分のクリーム。完全に治るまでに3カ月ぐらいかかることもありますが、「無理をさせてごめんね」と言いながらケアしています。
----------今はどんなお仕事をされているのですか。
独立してから、はじめは全国を回りながらワークショップをしていました。それだけでは生活できず、でも模索しながら続けていたら、次第に活動を知って声をかけてくださる方が増えて、ブランドとして成り立つようになっていきました。独立して5年経った今は、アロマクリームづくりのワークショップのほか、店舗でのアロマトリートメントや整体、製品の調香、友人のアーティストとのコラボレーションなど、活動の幅が広がっています。ブランド名は、誰に何を聞かれても「yes」と答えられる素材選びや製品づくり、活動をしています、というお約束の「yes」です。
実は今、 一番楽しくて、好きな作業は「蒸留」。 福島の復興支援でゆずを使って精油を作ることになったのをきっかけに、3年ほど前から始めました。精油は植物の花や葉、樹皮などを原料として、主に水蒸気蒸留で作られます。ほんの少量しかとれないので、今は製品にするには量が足りないのですが、植物が手に入ったときやワークショップのデモンストレーションなどで行います。蒸留するときの香りは、植物そのものをかいだときとも違うし、同じ植物でも、外気温や蒸留する温度、かける時間などによって変わるのがおもしろい。これまでは完成した精油を使っていましたが、現地を訪れて植物を育てている方にお会いしたり、自生している植物を見たりと材料に近づくことで、より理解が深まったのではないかと思います。
オリーブオイルやホホバオイルなどの植物油は表皮までしか届きませんが、精油は表皮を通り抜けて真皮に入って、血管まで届き、体内で薬のように働きかけるともいわれています。ただ植物の効能が約50倍に凝縮されているため、毒になることもあるので、日本では1%以下に希釈して使うのが一般的です。アロマは香りを楽しむアイテムというイメージが強く、たしかに嗅覚は本能なので「いい香り」と感じるものは自分に必要だといわれますが、私はひとつひとつ薬だと思って、効果を信じて使っています。例えばアトピーの症状をやわらげるために作るクリームには、薬効を考えて、かゆみを抑えるカモミールジャーマンとカモミールローマン、抗炎症作用があるブラックスプルースをブレンドしています。
----------「fragrance yes」の製品はどのように作っていますか。
「fragrance yes」の製品の香りは、基本的には心身を覚醒させて前向きな気持ちに導く「on」、気持ちをリラックスさせて心身を休息に導く「off」、深呼吸するように気持ちをリフレッシュさせる「refresh」の3種類。それぞれの香りでスキンクリームやボディオイル、フレグランススプレーなどを作っています。もともと製品化するためではなく、自分が必要なものを作っているうちに形になったブランドなので、使う方にも自分でカウンセリングするように選んでいただきたくて、以前はバリエーションがもっと多かったのですが、ひとつひとつ丁寧に伝えたいという思いから3つにしぼりました。カウンセリングでは日常でのお悩みを伺って、その方の体調やメンタルのケアに適したものをお作りします。「これを使えば必ず治る」ということではなく、自分の心と体を知るということを伝えていきたいと思っています。
「アロマスキンクリーム」は、はじめに自分のために作ったものがベースになっていて、ホホバオイルとミツロウに天然の精油を加えています。私の今のスキンケアは、「yes」の「ローズウォーター」をシュッとして、「アロマスキンクリーム」を塗ったら終わり。とてもシンプルです。
----------仕事をするときはどんな服を着ていますか。
動きやすい服を着ることが多いです。店舗は“街のハーブ薬局”をイメージしているので、店に立つときはナースコートのような服を着ることもありますね。色は白や生成り、ネイビーなど、落ち着いた色が好き。ふだんの生活でも同じです。「fragrance yes」の活動自体が私にとって仕事でもあり、日常でもあって、仕事とプライベートをわけていないので、服もわけて考えることはありません。
----------今回のコートは、どんなものにしたいと思いましたか。
着心地がいいものにしたいと思いました。実際に着てみると、やわらかくて動きやすいです。できるだけ植物や自然と近いところで生きていたいと考えているので、色はベージュ、素材はナチュラルなリネンに。イギリス式のアロママッサージを学んだので、形は昔のヨーロッパの医療着のイメージで、メディカルコートをベースにデザインしていただきました。活動がいろいろなので、シーンによって切り替えができるようにと前と後ろどちらでも着られるようになっていたり、そのままでも、ベルトを結んでも着られたり。よく使うガラス棒やヘラ、ペンなどの道具が邪魔にならずにしまえるようにポケットが配置されていたり、精油をふきとったティッシュを入れられる大きなポケットがあったりして、心配りを感じました。
----------これから先はどんなことをしていきたいですか。
自分が使う植物を実際に見て、とりに行くことはもっとやってみたいです。先日は青森にオオバクロモジをとりに行ったのですが、森のことを教えていただきながら植物に触れて、貴重な体験ができました。森での活動で出会った方々を通して知った、山の中で生木を手工具で削って暮らしの道具を作る「グリーンウッドワーク」にも興味があります。
これまでと同様、ワークショップやカウンセリングを通じてセルフケアの大切さを伝えたい気持ちは変わりません。アロマの基礎はテキストを見れば勉強できるので、私にしかできないレッスンをしていきたいと思っています。ワークショップなら、意見交換をする中で「どんな自分になりたい?」と聞いて、そこに近づくためには「どんな香りを使ったらいい?」「どんなものを食べたらいい?」「どんな暮らしをしたらいい?」と考えてもらうようにしています。そうしていくことで、自分らしく生きられるようになっていくと思うんですよね。
ここまで「やりたい」という気持ちだけでがむしゃらにやってきたのですが、「fragrance yes」を始めて、ようやく自分らしく生きられるようになったと感じています。数字の計算は苦手なので、やりたいこととビジネスのバランスがむずかしいと思うこともありますが、その分、やりがいがあるし、ただただ楽しい。
「fragrance yes」のお客さまは好奇心旺盛な方が多いし、ただ製品を作るのではなく、これからも人とのつながりの中から生まれたものや楽しい体験をもっとシェアしていきたいですね。少し先の話ですが、自然の多いところに移住して、ハーブ農園やオーベルジュもできたらいいなと考えています。
山野辺 喜子(やまのべ よしこ)
福島県いわき市出身。セラピスト、フレグランスコーディネーター。自身のアレルギー改善のためにアロマセラピーや食事療法を学び、家族の病を機に整体やアロマトリートメント、介護の技術も取得。自らの体験をいかし、体と心のセルフケアにつながる活動を行う。2014年にオリジナルブランド「fragrance yes」をスタート。2019年7月、東京・赤坂に「yes エルブメディシナル」をオープン。
https://www.fragrance-yes.com
(2020.11.19 取材)