Handwerker - ハンドベーカー

Handwerker
  • Photographer
    ...HIROMICHI UCHIDA
    Model
    ...TAKAFUMI YANO
    Editor/Writer
    ...AYAKO MASUDA

Vol.02
Editor's Jacket

編集者
矢野 太章さん



普段着に適した、普遍的なワークウェアーを作り、シーズンによってほぼ変えることなくコレクションを制作してきた Handwerker。毎回、魅力を感じる仕事をしている方に着ていただき、撮影を行ってきました。
「せっかくいろいろな職人の方に着ていただくなら、1アイテムだけでも、その職業のためだけのアイテムをデザインしよう」と、前シーズンから、ひとつの職業の方とともに、作業するための服を作るシリーズをスタートしました。

矢野太章さんは、2018年9月に創刊70周年を迎えた歴史ある雑誌『暮しの手帖』の編集者。広告を入れない、類をみない雑誌としても知られる『暮しの手帖』は、実際にどれが役に立つかを広く消費者に伝え、また本当にいいものをメーカーに製造してもらうために行った「商品テスト」で、多くの読者の支持を得ました。背景には、“毎日の暮らしがいちばん大事”という初代編集長・花森安治さんの思いがあり、現在もその精神は受け継がれています。
日々、リサーチを行って企画を考え、誌面づくりに必要なスタッフを集めたり、撮影のディレクションや取材を行うのが矢野さんの主な仕事。入社して10年、DIY企画をはじめ、ルポルタージュなど、数々のページづくりを手がけてきた矢野さんに、仕事や服について、お話をうかがいました。







----------編集者を目指されたきっかけは?

大学の専攻は経営学部でしたが、フランス文化のゼミに所属していて、その時の担当教授の影響が大きいかもしれません。教授からメディアでの仕事の話を聞く機会が多かったので、自然とそういった仕事に憧れを抱いていたんでしょうね。新卒で何社か出版社の試験を受けましたが、就職超氷河期だったこともあって願いは叶わず、卒業後は、学生のころから働いていた「アフタヌーンティー・ティールーム」で、そのままアルバイトを続けました。「いつか自分の店を持ちたい」というのが、その時の夢。今考えると、自分のメディアを持ちたかったんだと思います。
25歳の時、先輩に誘われて企業広報誌などの制作を行う編集プロダクションに入り、そこで5年働いた後、縁あって暮しの手帖社に入社しました。子どものころ、寝室の本棚に動物図鑑などと一緒に母親が読んでいた『暮しの手帖』が並んでいて、割と身近な存在でしたね。

----------どんな企画を担当されることが多いですか?

今の『暮しの手帖』は“食”のイメージが強いようですが、衣食住、暮らしのすべてをテーマにした雑誌です。僕は、主にDIYやルポルタージュ、ときどき料理などの企画を担当してきました。滋賀県にある一風変わった工務店を訪ねたり、いかを釣りに行ったり、自然薯を掘りに行ったりと、おもしろいもの、体を張るものも多いです(笑)。
デザイナーの玉井さんとは、3年前、「三世代で着る自由な服」(第四世紀82号)という企画で、服をデザインしていただいたのをきっかけに知り合いました。昨年も「一枚の布をまとう」(第四世紀96号)という企画で、「普段、洋裁をしない人でも簡単に作れて、素敵に装える服を作りませんか」とお願いして、たった2本の切れ込みが入っているだけのシンプルなつくりなのに、何通りもの着方ができる不思議な服をご提案いただきました。

----------企画はどのように考えるんですか?

基本的に、机はアウトプットする場所で、そこでは何も生まれないと思っています。だから、散歩に出たり、人に会ったり、机以外の場所で考えることが多いです。しっかりリサーチしないと解決しないことも多いので、割合としては、リサーチ90%、 アウトプット10%くらいのイメージです。散歩の時は手ぶらで、ポケットにモレスキンのノート、付箋、ペンを入れて、主にラジオやポッドキャストを聞きながら歩いています。アイデアって、いざ考えようと思っても出てこないもの。ふと落ちてきた時にあわてて皿を取り出すのではなく、いつ落ちてきてもいいように常に皿を出している状態にしておきたい。自分はひらめき型の編集者ではないと思っているので、ポツポツ出てきたものを拾い上げていかなければアイデアの芽は出ないと思うから、書く道具はすぐ出せるようにしています。
付箋は、企画だけでなく、思いついたキーワードを書き留めておくのに使うのですが、ノートと違って、後で並び替えることができて、使い勝手がいいんです。





----------今回、一緒に作った「Editor's Jacket」も矢野さんのご要望でノートと付箋、ペンが入る仕様になりましたが、実際に着用されて、いかがでしたか。

Handwerker のラインは、モダンでシックなのに機能性が高く、マイスター感があるところが好きなのですが、「Editor's Jacket」は、着ている時だけでなく、いすの背にかけている時もノートやペンが取り出しやすい、まるで道具箱のような使い方ができるようにしてもらいました。ほかのジャケットだとポケットの中で道具が迷子になるのですが、できれば取り出す時にガサゴソしたくないし、何かを探すこと自体がストレスになるので、これはとても便利。着込んだら、生地がなじんでより使いやすくなりそうで、楽しみです。
色は、撮影の時、ジャケットを広げて日差しを遮る幕のように使えるように、ネイビーを選びました。ペンのインクが服についても目立たないようにという理由もあります。素材はコットンですが、撥水加工が施されているので、多少の雨や汚れを気にしなくていいのもいい。取材先などで脱ぎ着する機会が多いのですが、ハンガーを借りることなく、パッとたたんで鞄に入れても、広げた時にしわになりにくそうなところもいいですね。カジュアルとフォーマル、どちらにも使えて汎用性が高いなと思います。



----------毎日、服を選ぶ時に大事にしていることはありますか?

北鎌倉に住んでいるのと、トレイルランニングが趣味なので、休日はほぼTシャツに短パンや、フリースなどを着ています。平日もカジュアルな格好が多いのですが、初めてお会いする方や取材先に伺う時は、相手に安心感を持っていただくためにも、必ずジャケットを着るようにしています。服には、そういう役割があると思います。暮しの手帖社に入ってから、スタイリストの原由美子さんの連載を担当しているのですが、原さんが、「服は自分のためだけでなく、人のために着るもの」とおっしゃっていて。買う時にも、自分がどういうシーンで着たいか、どういうものがあったらいいかを考えて選ぶようになりました。





----------仕事をする上で大事にしていることは?

最近、読んだ本の影響で、“バイアスや先入観にとらわれていないか”というのが、近ごろの自分の中のキーワード。例えば魚と肉の料理がある時、多くの人は、ボリュームがあるものを食べたい時は肉、そうでない時は魚と考えがち。それがある種のバイアスや先入観。ボリュームがある、おなかがいっぱいになる魚料理って何だろう? と考えるところにおもしろさがあるのではないかと思います。「料理ってむずかしい」「手芸ってむずかしい」というのがバイアスであれば、それを簡単にするにはどうするか? この企画がそのバイアスを越えられているか? というのは、常に頭にあります。
バイアスにはまったものも間違いではありませんが、だれもが疑いようのない事実を言ったところで、正しいけれどおもしろくない。そういうものの見方をしたことがなかった、というところに発見があると思うので、自分が何をバイアスと思っているのかということを考え、少し動かしたりして、時々視点をずらすようにしています。いい意味で、読者の方の期待を裏切ることができるようなものを作りたいですね。

玉井さんとご一緒させていただいた「一枚の布をまとう」は、意外性があっておもしろいのではと思い、『暮しの手帖』ではめずらしく、プロのモデルである市川実和子さんに出ていただき、撮影場所もスタジオではなく、建築家・阿部勤さんの自邸をお借りしました。玉井さんをはじめ、スタッフの力も借りて、バイアスを飛び越えることができたと思います。雑誌はひとりでは作れないし、プロフェッショナルが集まって作るからこそ雑誌。「雑誌づくりってこんなに楽しい営みなんだ」と改めて思いましたね。

「こうだ」と思い込むと、異なる意見を受け入れることができないけれど、「それも一理ある」という心持ちでいると気づきがある。人の力を呼び込めるかどうか、常にオープンでいられるかどうか。それは、仕事だけでなく、生きる上でも大事にしていることです。

矢野 太章(やの たかふみ)
編集者。横浜で生まれ育ち、明治大学卒業後、「アフタヌーンティー・ティールーム」や編集プロダクションを経て、2008年に暮しの手帖社に入社。暮しの手帖編集部で、衣食住にまつわる数々の記事を手がける。

(2018.9.30 取材)