Handwerker - ハンドベーカー

Handwerker
  • Photographer
    ...RIKA YAZU
    Model
    ...TAKEHIRO SHIOZU / KUMIKO SHIOZU
    Editor/Writer
    ...AYAKO MASUDA

Vol.07
Seeding Grower Trousers

植物研究家
塩津丈洋さん・久実子さん



普段着に適した、普遍的なワークウェアーを作り、シーズンによってほぼ変えることなくコレクションを制作してきたHandwerker。毎回、魅力を感じる仕事をしている方に着ていただき、撮影を行ってきました。
「せっかくいろいろな職人の方に着ていただくなら、1アイテムだけでも、その職業のためだけのアイテムをデザインしよう」と、2018AWから、ひとつの職業の方とともに、作業するための服を作るシリーズをスタートしました。
塩津さんご夫妻は、「塩津植物研究所」という名前で、“人と植物のよりよい暮らしを研究する”活動を行っています。

2017年に東京から奈良に移転してからは、土地を開墾して農園と店を作り、車で寝泊まりしながら古い家を修繕して、自らの手で今の場所を形づくってきました。元来、分業で成り立つ盆栽の世界で、種木を育て、陶芸家に依頼してオリジナルの鉢を制作し、盆栽に仕立てるまでを手がけるふたり。この仕事を始めたいきさつや植物への思い、ふだん身につけている服のことなどを伺いました。







----------植物研究家として働くようになった経緯を教えてください。

(丈洋さん、以下丈)僕はもともと植物が好きで、大学在学中に進路を考えたときに「植物の専門家になろう」と決めたんです。名古屋芸術大学の建築コースで建築やプロダクトデザインなどを学んでいましたが、一生続けたいと思うほどには興味が持てなくて。子どものころから好きなことしか続かなかったし、仕事はこの先50年ぐらい続けることだから、好きなことをやるしかないと思いました。生まれが和歌山県新宮市で、見渡す限り山や川、田んぼが続くような、驚くほど田舎で育ったので、植物が好きなのは本能に近いんでしょうね。一口に植物と言っても様々ですが、育てた経験も植え替えの経験もなかったので、在学中から花屋や生け花、農業や林業など、植物に携わるあらゆるプロに会いに行って、仕事を手伝わせてもらう中で、一番興味がわいたのが盆栽でした。単純にかっこよかったし、何より美しかった。まわりには盆栽の仕事につくのを反対されましたが、上京して、親方の元で3年間修業しました。独立して1年はアルバイトをしたり、見たかった庭や登りたかった山を訪れたりと盆栽には触れない暮らしを送ったのですが、やっぱりやりたいと思ったんです。 2010年に「塩津丈洋植物研究所」を立ち上げて、6年間、東京を拠点に車で全国のカフェやギャラリー、個人の書店などを回って教室をしたり、個展を開いたりしながら、植物の魅力を伝える活動をしました。その間に妻と出会って、結婚して1年間、ふたりで活動した後、妻の地元である奈良県橿原市に移転して今年で5年目になります。

(久実子さん、以下久)私は小さいころから父の仕事の影響で海外に憧れがあって、学生時代はお金を貯めては外国を旅していました。海外で働きたいと考えてチャレンジするうちに「日本のことを全然知らないんやな」というのが浮き彫りになって、地元で日本の工芸品を扱う会社に就職しました。働きながら日本について学ぶ中で、誘われてたまたま参加したのが、夫が講師を務める盆栽教室だったんです。今の「塩津植物研究所」があるのは、私の祖父母が趣味で畑をしていた土地で、自然豊かなところ。作業を手伝うことも多かったし、植物はずっと身近でしたが、小さな鉢で春夏秋冬と何年も季節が巡る盆栽には、教室で初めて出会いました。それまでは何となく「古めかしいもの」という印象でしたが、まったく違っていて。私はヤマツツジの木を選んで鉢に植えたのですが、育てるうちに新芽が出て、葉が育って、花が咲いて、葉が落ちて……。「日本の木って何てはかなくて、きれいなんだろう」と感じました。でも、まさか自分が植物を生業にするようになるとは想像もしていなかった(笑)。その木は今でも元気にしています。



----------今はどのようなお仕事をされているのですか。

(丈)独立したころから“草木の駆け込み寺”というコンセプトで活動しているのですが、植物を求める方、植物に関して悩みがある方に来ていただいて「ここに来れば草木にまつわること全般、すべて解決する」という場所を目指しています。庭を作ったら庭師を定期的に呼んで手入れをお願いするように、盆栽の世界も古くから、お客様とずっと付き合っていくという考え方があります。親方もお客様に頼まれて植え替えや剪定をしていたのですが、それがすごくいいなと感じて。自分もやっていきたいと思って、続けています。

東京から奈良に移った理由は直感です(笑)。東京だと緑が少ない分、必要としている方も多いし、仕事も順調だったのですが、この土地を訪れたときに「何かいいな」と思ったんですよね。日当たりも風通しもよくて、井戸水も使えて、植物が元気に育ちそうだなとも感じました。あと、ずっと草木の生産と培養をしたいと考えていたのですが、東京では敷地の都合でむずかしかったこともあります。種から育てると時間がかかるので、盆栽の世界は分業が多くて、種木屋が生産し、専門業者が鉢を作り、盆栽師は30〜40年育った木を仕入れて仕立てます。僕も以前は仕立てをしていましたが、そうすると新たに命を生み出すことはできないんですよね。ここに来て、土地を開墾して種から作ることができるようになったし、店舗も構えたので、活動は少しずつパワーアップしていると思います。

----------仕事をしていて、どんなときに楽しさや喜びを感じますか。

(丈)種をまいたり、水をあげたりと植物に手をかける作業がすべて好きなので、全部楽しいです。あと僕は美しいものが好きなので、美しいと感じる盆栽ができたとき、この仕事をしていてよかったなと実感しますね。盆栽は仕事ですが、仕事という気はしなくて。遊びというか、ずっとゲームをやっているみたいな感覚。毎日好きなことをやっているから趣味もないし、「今から仕事」と切り替えることも、「土日が楽しみ」と感じることもないんです。

(久)植物をさわっているときに一番喜びを感じます。種はちょこんとした双葉が出てから木の形になるまでだいたい3年ぐらい、花を咲かせて実になるまで4年ほどかかります。今年の春、引っ越しの最中にまいていたざくろの種がようやく花を咲かせているのを見てじんわりしました。春夏秋冬がどこで途切れることもなく続いてきた結果が花や実だと思うので、過去の自分から今日までつながっているという連綿とした流れを感じてうれしかったんです。
会社勤めのころは仕事と暮らしがはっきりわかれていましたが、夫と一緒に働くようになってから日常がガラッと変わって、自分も徐々に変わっていきました。今は研究所の中に住まいがあるので暮らしと仕事が地続きになっていて、マーブル模様みたいな感じ。わが家は植物の相談や打ち合わせなどで誰かが訪ねてくるのが日常で、一緒にごはんを食べることも多いんです。料理は好きなほうでしたが、今はさらに楽しくなって、みんなで食卓を囲むこと、「おいしい」と食べてもらえることってこんなにうれしいんだと、新たな人生の楽しみを見つけた気持ちでいます。考えてみると一日中ずっと仕事をしていることになりますが、どこから仕事なのかを突き詰めてもわけられないし、そこは私たちにとってあまり重要ではないですね。





----------仕事で大変だなと思うのはどんなところですか。

(丈)朝早く起きることや植え替えがずっと終わらないこと、人手が足りなくてお客様のご要望に応えきれないことなど、たくさんあります。でも、大変なことって嫌なことじゃない。まだまだ力不足だなとは思っても、心から好きだったら、大変なことも楽しいんですよね。今、母校で盆栽を教えているのですが、生徒たちにも「一番好きなことを仕事にしたほうがいいよ」と伝えています。大変でも、好きなら続けられる。例えばものづくりをするとしたら、好きで作るほうが優れたものができるだろうし、そうすれば多くの人たちに喜んでもらうこともできるんじゃないかと思うんです。

(久)扱っている植物はどれも小さな鉢に入っていて、今、数はだいたい2万株ぐらい。ひとつひとつが命あるものなので、その責任が自分たちにかかっていると思ったら大変だなと感じます。少し失敗したら、長く生きてきた植物でも1日で枯れてしまうし、ずっと守り続けていくのは責任が大きい。でも、それぐらいの責任があるからがんばれるとも思うので、きっと大変なぐらいがいいんでしょうね。「塩津植物研究所」には私たち夫婦のほかに弟子もいるのですが、植物も含めてひとつのチームだと思っていて。手はかかるけれど、小さいところ(鉢)に入れているのはこちらの都合だから、その責任はしっかりとろうと努めています。





----------暮らしと仕事がつながっているとおっしゃっていましたが、服はどのように選んでいますか。

(丈)服も暮らしと仕事で替えることはありません。今回、作ってもらった「Seeding Grower Trousers」も、例えば剪定をした後、そのまま打ち合わせに行けるようなパンツをお願いしました。綿100%の丈夫な生地にしてもらったので、きっと長く履けると思います。仕事場でも、家でも、レストランでも、どんな場所にいても自分たちがいいと思えるような、美しさと機能を兼ね備えた1本です。
実は(デザイナーの)玉井さんとの出会いも盆栽教室だったのですが、玉井さんが作るものは優れていて、美しくて、ストーリーもあって、夫婦ともに大好きで。「ASEEDONCLOUD」と「Handwerker」は年を重ねてもずっと着続けたいと思える初めてのブランドなんです。奈良に来て、これまで自分たちがやってきたことをまとめることができたという思いがあって、今後はもう少し上質なものを身につけて、さらにいい仕事ができたらと思っていたので、今回はとてもうれしかったですね。

(久)私たちは1年のほとんどを白いTシャツに乗馬パンツという仕事着で過ごしていて、完全な休日は「Handwerker」のシャツやパンツを着ています。だから、その仕事着が玉井さんが作ったものなら最高だなと思いました。パンツなので、季節を問わず履けるのもうれしいです。今回使っていただいた備前壱号という生地は、以前からスモックやパンツなどで身につけていますが、はじめはパリッとしていて背筋が伸びる感じがするけれど、経年変化でやわらかくなったり、色が変わってきたりするので、それも楽しみです。きれいなまま着ようとは思っていなくて、どんどん履いて、ガシガシ洗って、自分たちになじむようになったらいいですね。私たちが何よりこだわったのは色で、自分たちにとって一番身近なのは? と考えて、葉っぱにも、幹や土にもあるこの色がなじみ深いと思って選びました。やっぱり着ていると落ち着きます。



----------植物はおふたりにとってどんな存在ですか。

(久)喜びをもらったり、幸せを感じたり、時には置かれた場所で健気に生きる姿を見て「見習いたい」と思ったり。育てているのに、自分が育てられているような、いつまでも手中にはない気がしていて、どこまで行っても終わりがありません。同じ春は二度と来ないから、ずっとずっと勉強して答えを探し続けるような対象です。一生をかけて探求し続けていくんだろうなと思っています。

(丈)人間は植物がないと生きていけないと思うし、私たちは植物のおかげで生活できているので、なくてはならないもの。今、心がつかれて植物に助けを求める人が増えていますが、やはり小さな植物がそこにあるだけで気持ちにゆとりが生まれるし、植物が持つ力を改めて感じています。尊敬していますね。
盆栽の仕事を始めたのはたまたまだったし、明日、もし盆栽よりおもしろいと感じられるものに出会ったら、迷わずそちらを選ぶと思います。妻が「陶芸をやりたくなった」と言っても、止めることはないですね。でも、今のところそういうものが表れる気がしません。
これまで好きなことだけをやってきて、今、以前の自分が思い描いていた暮らしが叶っていますが、やりたいことは常に変わっていくもの。常にアップデートして、次にまたやりたいことが見つかって……。きっと、死ぬまでそうなんでしょうね。

塩津丈洋・久実子(しおづたけひろ・くみこ)
2010年、盆栽師の丈洋さんが、主に植物の治療・保全を行う「塩津丈洋植物研究所」を設立。現在は夫婦で奈良で種木屋「塩津植物研究所」を営み、種木の育成や培養、治療を主に、誰しもの「草木ノ駆け込み寺」となれるよう、人と植物のよりよい暮らしを研究している。著書に「身近に植物のある暮らし」(自由国民社刊)
https://syokubutsukenkyujo.com/

(2021年6月 取材)